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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)3687号 判決 1998年4月28日

第三六八七号事件控訴人(被告) イノウエ建装こと Y1

右訴訟代理人弁護士 大川哲次

同 川本哲治

同 大坂周作

第三八〇七号事件控訴人(被告) 加納建設株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 青野秀治

第三六八七号事件、第三八〇七号事件被控訴人(原告) 株式会社ハヤト興産

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 鈴木俊生

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

ただし、原判決主文一、二項の別紙物件目録を本判決別紙物件目録に更正する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴人らの控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

事案の概要は、当事者双方の当審における主張として次のとおり付加するほか、原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

原判決三頁六行目と八行目、同四頁四行目と六行目の各「別紙物件目録」の前にいずれも「原判決」を加え、同五頁七行目の次に改行して次のとおり加える。「5 原判決言渡し後の平成一〇年二月一二日、原判決別紙物件目録二及び三記載の両土地が同目録一記載の土地に合筆され、さらに同日、本判決別紙物件目録一及び三記載の各土地に分筆された(甲一五ないし一八)。」

二  控訴人Y1の主張

1  商事留置権について

本件土地部分(本件建物の敷地)はア・タイムの所有ではないが、控訴人Y1は本件建物について商事留置権を有することの反射作用として、本件建物を留置するために必要不可欠な本件土地部分の明渡しを拒否できる。

2  短期賃貸借について(当審における追加的主張)

控訴人Y1は、平成八年九月二六日、訴外ア・タイムから次の約定で本件建物を賃借して本件建物の引渡しを受け、占有している(以下「本件建物賃貸借」という。)。

(一) 賃貸借期間 平成八年一〇月一日から三年間

(二) 賃料 毎月末日限り月額一八万円

ただし、右賃料は控訴人Y1がア・タイムに対して有している請負代金一七〇〇万円と毎月対当額で相殺する。

本件建物賃貸借は短期賃貸借であるから、控訴人Y1は本件競売により本件土地を取得した被控訴人に対抗でき、被控訴人の本件建物収去請求を拒絶できる。

三  控訴人加納建設の主張(短期賃貸借について)

平成五年一月二〇日に当時の所有者光建創から本件土地を借り受けたア・タイムは、同年五月一八日本件土地部分に本件建物を建て、平成九年三月一一日Cに本件土地を転貸するとともに本件建物を売り渡した。

Cは本件建物を譲り受けるに際し平成九年三月二日受付で表示登記をし、同年四月一七日所有権保存登記をした。

控訴人加納建設は同日(平成九年四月一七日)Cから本件建物の所有権移転登記を受けることにより、本件土地の転借権につきその対抗要件を備えたものである。

ところで、右転貸借は民法六〇二条の期間を超えない短期賃貸借であるから、抵当権設定登記の後であっても抵当権者に対抗でき、競落人に対してもその存続を主張できる。

四  被控訴人の主張

1  控訴人Y1の主張はいずれも主張自体失当である。

(一) 控訴人Y1の主張する、建物の商事留置権の反射作用として土地の明渡しを拒否できるとの見解は、物権法定主義に反することが明らかである。

(二) また、本件建物についての短期賃貸借は、それが認められたところで本件建物の賃貸人に対して権利主張できるというものにすぎず、本件土地部分についての占有権原になるものではない。

2  本件建物についての控訴人加納建設の保存登記は本件競売における差押登記より後にされたものであるから、仮に控訴人加納建設が本件土地部分につきア・タイムから賃借権の譲渡を受けたにしても、転貸を受けたにしても、ア・タイムの本件土地賃借が開始した平成五年一月二〇日から五年を経過した平成一〇年一月二〇日をもって賃貸借が終了し、これによって控訴人加納建設が右取得した賃借権ないし転借権は消滅した。

第三争点に対する判断

一  当裁判所も、被控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決事実及び理由の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人Y1は、本件建物について短期賃借権あるいは商事留置権を有することを理由として本件土地の明渡しを拒絶し得る旨主張する。

(一) しかしながら、仮に控訴人Y1が本件建物につき短期賃借権を有していたとしても、そのことを理由としてその建物の所有者とは異なる敷地所有者からの建物退去土地(敷地)明渡請求を拒むことはできないから、その余の点につき判断するまでもなく、本件建物の短期賃借権をもって本件土地を占有できるとする控訴人Y1の主張は失当である。

(二) 次に商事留置権の主張について判断する。

商事留置権は、債権者が債務者との商行為によって債務者の所有物の占有を得たことを要件とするところ、弁論の全趣旨によれば、控訴人Y1は、ア・タイムとの間で本件請負契約を締結し、本件建物を完成させたが、ア・タイムが右請負代金を支払うことができなかったため、本件建物及びその敷地である本件土地部分につき商事留置権を行使する旨ア・タイムに告知して本件土地部分を占有していることが認められる。

ところで、商法五二一条にいう「物」に不動産が含まれるとすることについては、立法の沿革に照らして疑問があるが、立法の沿革だけから不動産に対する商事留置権の成立を否定できないとしても、本件のような場合に商事留置権が成立するとして目的物件(本件土地)の占有者(控訴人Y1)に正当な占有権原を認めることはできないというべきである。

すなわち、ア・タイムは建物完成から既に五年以上経過しているのに未だ代金を払わず、逆に本件建物の所有者はア・タイムからCを経て控訴人加納建設に移転している現状からすれば、控訴人Y1がア・タイムから請負代金の支払いを受けることはおよそ期待できないところ、仮に商事留置権が認められるとすれば、控訴人Y1としてはア・タイムから弁済を受けられないことを根拠として事実上無期限に本件土地の占有を継続できることになる。このような場合、民事執行法五九条四項の規定の趣旨を類推して本件土地を抵当権の実行手続である本件競売によって競落した被控訴人に右請負代金を払わせるということが考えられるが、もともと建物建築工事の請負人が取得する敷地の占有は、建物建築工事施工のために限定されたものであって、注文主(ア・タイム)が請負代金を支払わないことから、建物完成後も請負人(控訴人Y1)が敷地(本件土地部分)の占有を継続するのは、商事留置権という法的根拠が仮にあるとしても、当初の目的を超えたものというべきである。とくに、控訴人Y1の請負代金債権の債務者であるア・タイムがすでに本件建物を他に譲渡してその所有権を失っているため、現在ではその敷地である本件土地部分が商事留置権の被担保債権の債務者の所有物(本件建物)に付属する物とすらいえなくなっており、これに加えて、本件土地はア・タイムの所有物ではなく、ア・タイムの本件土地に対する占有権原は引用にかかる原判決説示の短期賃借権にすぎないのに、その占有権原を本件土地の買受人である被控訴人に対抗できなくなっていることも原判決の説示のとおりである現在においては、控訴人Y1が商事留置権に基づいて今後さらに本件土地の占有を継続できるというのは、ア・タイムの注文による本件建物建築工事施工のための本件土地占有という当初の目的を超えることがあまりに甚だしく、相当でない。また、本件建物が建設されたのは右抵当権の設定より後であることが明らかである(甲三、四)ところ、このような場合には抵当権設定当時に抵当権者がその後の留置権の発生を予測することは不可能であるから、建物請負人の商事留置権に基づく敷地の占有を抵当権者ないし抵当権実行による買受人に対抗しうるとすれば、土地抵当権設定の方法による融資取引の安全、安定を著しく阻害する結果となるものであり、そのような解釈をしてまで商事留置権を手厚く保護することは、不動産担保法全体の法の趣旨に照らして相当でないといえる。

以上のとおりであって、控訴人Y1のア・タイムに対する請負代金債権担保のための商事留置権をもって本件土地の占有権原とする同控訴人の主張も理由がない。

2  控訴人加納建設の主張によれば、ア・タイムが光建創から本件土地を賃借したのは平成五年一月二〇日であり、ア・タイムの賃借権がア・タイムからCに、Cから控訴人加納建設に順次譲渡されたか、または右の順に本件土地が順次転貸されたというのである。

他方、甲三、四によれば、本件建物の保存登記がなされたのは平成九年四月一七日であるが、本件土地について平成二年一一月二日に設定登記がされた抵当権に基づいて本件競売がされ、その開始決定による差押登記が本件建物についての右保存登記より前の平成五年一〇月二六日にされていることが認められる。

そうであれば、仮に控訴人加納建設が本件土地につき本件建物所有を目的とする短期賃借権ないし短期転借権を取得していたとしても、本件口頭弁論終結の日である平成一〇年三月一七日は既にア・タイムの賃借開始の日から五年が経過していることが明らかであり、かつ、本件土地の右差押登記後における短期賃貸借の更新は本件競売による売却によって本件土地所有権を取得した被控訴人に対抗できないものであるから、その余の点につき判断するまでもなく控訴人加納建設の短期賃借権ないし短期転借権の主張は理由がない。

二  以上のとおりであって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法六七条一項、六一条、六五条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 古川行男 裁判官納谷肇は転補のため、署名押印できない。裁判長裁判官 岨野悌介)

<以下省略>

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